宮野 弘紀

1953年10月17日東京・渋谷生まれ。札幌で育つ。
10代の頃よりギターを始めジョン・マクラフリン、ジャンゴ・ラインハルトの アルバムに出会い、ギターリストを志す。 その後、ベーシストの中山英二氏と出会い活動を共にし、北海道、東北のジャズ喫茶を 活動拠点とする。 初レコーディングは岩手陸前高田のジョニーズ・ディスクで中山英二氏の 「マイプレゼントソング」(79年)その後、中山氏と上京。

(元)スイング・ジャーナルの 編集長 児山紀芳氏とプロデューサーのテオ・マセロ氏に見いだされ、当時としては異例の ニューヨーク録音「マンハッタン・スカイライン」(81年)(日本フォノグラム)にてデビュー。 「スイング・ジャーナル」誌の国内最優秀録音賞を受賞。 新世代のアコースティック・ギターリストとして脚光を浴びた。 セカンド・アルバムに「フル・セイル」サード・アルバムにアール・クルーとのデュオ 「ホテル・カリフォルニア」をリリースした。 その後85年フュージョン系グループ ライト・スタッフを結成。「ライト・スタッフ」(キング)を リリース。 86年には「アコースティック・クラブ」結成。のち7枚のアルバム(メルダック)をリリース。その中でセカンドアルバムの「フェアリーリング」がアドリブ誌 ニューエイジアルバム 最優秀賞を受賞。ニューエイジシーンをリードしてきた。
88年にはソロ・アルバム「ディバージュ」(ポリドール)をリリース。ワン&オンリーな世界を抽出。
94年エスニック系グループ ジャジコに参加「ジャジカル・ワールド」をリリース。又、同年ボサノヴァの中村善郎氏とのユニット「ノス」(メルダック)をリリース。東洋のボサノヴァとして脚光を浴びる。
97年には久々のソロ・アルバム「クリスタルライズ 道の陽」(ホリプロ)よりリリース今までの経験を結んだ。

他プロデユースとしてフアッションシヨーから91年三好和義氏の写真集「地球の楽園」のイメージアルバムや日本テレビで数々の音楽担当。作曲家・アレンジャーとしても活動している。主な活動は「アコースティククラブ」「ノス」「ジャジコ」ギタリストの天野清継と「えちご屋」シヨーロクラブの笹子重治、フルートの城戸夕果と「クラブミーティング」THE BOOMと宮沢和文の「ジャバチーダ」バンドネオンの小松亮太「タンギスツ」石井竜也「アート・ヌード」ファションデザイナーの龍拳氏のサウンドプロデュース。2000年に入ってからは、今語題の綾戸智恵の新作にも参加。現在.天野氏とのえちご屋』と小野Seigen氏のプロデュースで自己のソロアルバムをレコーディングしている。秋にリリースする。又アコーディオンのコバこと小林氏の全国ツアーとアルゼンチンの功名なケーナ奏者ホルヘ.クンボ氏の全国ツアーも決定。ジャンルを越えて、これら多様なサウンドを繊りまぜて、東洋人としての意識を反映させたギターラインの完成を目指す。言語を越えて何処にでもサウンドできる意識でありたい。
(2000年現在)