★さあそれからの話の進展は佐藤充彦氏をアレンジに迎えてのレコーディングをしようとのお話でありました。当時は天にも登る気持ちであります。
東京に来てすぐ、まさかのアルバムを出せるというのであるから、何としたことであろう…
しかし連絡が突然来なくなり話がそれ以上に進まない…いつのまにかデビューは消えたのかな?
駄目元で出て来た東京であります、そんなうまい話はそう簡単にあるものではないであろう。しかしで
ある フ〜ム ....<ー_ж_ー>
しばらくしてまた連絡がきまして、フォノグラムに伺うと当時スイングジャーナルの編集長からフォノグラムの洋楽に移籍した児山紀芳氏から直々のお話でありました。
「東京での録音でデビューさせてもたいして話題にもならないであろう、そこで勝負をかけることにした。
ニューヨークに行け!!テオマセロにプロデュースをさせる。」
と..そして、
「私は友人のテオに君のプロデュースの冒険を与えたいん だ!」
と......
え〜 そんな...... 絶句であります。
私は急に怖じ気ずいてしまいましたた。私ほそんな大きな器ではありません東京で充分でございますから…本音とも謙遜ともつかない言葉が咄嗟に口から出てしまいました。
すると児山氏は、「会社がせっかくニューヨークに連れていこうとしているのに断るバカがどこにいるか!」と怒られたのであります。
そうか ....<ー_ж_ー>フム
ここまでの経緯というものも運命ならばニューヨークも天からの采配であろう!”…なら絶対に大丈夫であろう! と咄嗟に肚が座ったのであります。 めでたし!
『わかりました よろしくお願いいたします!』┌<_*_>┐謝々
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