★さて、東京は荻窪の八丁のアパートで渥美さんと共同生活が始まりました。とにかく中山氏は仕事を決める力の凄い人でありました。
東京に行っても精力的なLive活動は変わらなかったのです。上京一ヶ月後、奇しくも私の誕生日10月17日に新宿ピットインで昼の部の出演が決まりました。
ついに日本のジャズメッカの総本山での出演に私達の心は静かにプレッシャーがかかっていたようでありましたね。やはりそんな時 は運命的な事が起きるのか?
ピットイン出演の前の日、水戸市のLiveが終わりホテルのシャワー中、ドラムの渥美氏が滑って突き指をしてしまったのである。
さぁ 困った! 前の日にそれはないであろう...... ┌_ж_┐
いよいよの時に いきなり背水の陣でありました。
思いおこせば中山氏とデュオで始まったのであるから原点に帰っての演 奏をするだけ!と心も切換えてプレッシャーも忘れるように、デュオで急場を凌いだ事が良かったのか、オベーションの音もいい音で演奏が出来た記憶があります。
この日はいろいろとミュージシャンも来ていたようでありました。ジョニーズディスクの「マイプレゼントソング」がスイングジャーナルでも取り上げられていましたから北海道のバンドはどんなサウンドなのか。恐いもの見たさ(笑)な方も多かったのでしょうか
ね......
演奏が終わり そのGuitarは何ですか?とオベーションに興味を持った人が現れました。いろいろ聴かれて答えた記憶があります。日本フォノグラムの尾木さんという方であります。私はピットインでの演奏が無事終わってから質問に答えた記憶がりますね…
さて、数日してフォノグラムの尾木さんから封書がやってきた。何であろう?と…
「当社では貴方のサウンドに興味を持っております。一度来社してください。いろいろとお話をしてみたいと思います」......と{ ̄Ψ ̄ゞ フッ!
な、何と! レコード会社から来いと言われている。晴天の霹靂でありますよ。ワクワクする心を抑えての来社であったことは言うまでもないことであります(笑) |